銀の猫
日が暮れる前に、と屋根の上に干した布団を取り込むため、ベランダから外に出て雨どいに手を掛けると、くるっと身を翻して屋根の上に上がった。綺麗に一回転決めて機嫌良く振り返れば、
「うわぁ!!」
そこに見慣れぬ猫を見つけて屋根から落っこちそうになった。
「なんだよお前」
何処から上がったのか、干した布団の上で猫がまあるくなって寝そべっている。猫はイルかを見ても逃げる様子はなかった。
「お前、飼い猫かぁ?」
驚かせないようにゆっくり近づけば、猫は気持ちよさそうに布団に体をこすり付けた。
「あ、こら」
布団に毛が付く、と思ったものの、あまりの気持ちよさげな様子に怒る気が失せた。
(だって、かわいい。)
そっと銀色の毛に手を這わすと猫はしなやかな体をくねらせて目を細めた。もっと撫ぜろと言わんばかりに体を押し付けてくるのには、へらっと笑いが零れた。
「どれどれ」
前足の付け根に手を差し込んで体を持ち上げてみる。
「あー、お前男の子かぁ。カワイイの付いてるなー」
猫が憤慨したように足をバタつかせる。
「はは、ごめんごめん」
降ろして頭を撫ぜれば、くりくりとした丸い目でイルかを見上げてきた。
「オッドアイか。お前美人だな」
澄んだ青と赤い瞳は誰かを彷彿させる。ナルトの上忍師になった、あまり言葉を交わしたことのない上忍。あの人の目も左目は赤いと聞いている。まだ、見たことないけど、きっとこんなカンジだろう。
「カカシ」
きょとんと猫が見上げてきた。
「お前の名前、カカシな」
言葉が通じたのか猫が―――カカシが目を細めた。
名前を付けたものの、イルカのアパートでは猫は飼えない。暫くじゃれて遊んだ後、布団を畳んで屋根を降りた。付いてこようとするのに、駄目というのはちょっと辛かったが、もともとどこかの飼い猫。それほど気にはしていなかった。また、道で会ったりすることもあるだろう。
夜、眠りに付いたイルかは布団の上を何かが歩く気配で目が醒めた。人の気配ではない。
「ん・・・なに?」
薄っすら目を開ければすぐ目の前にオッドアイ。
「あれ・・・カカシ?お前どこから入ったの?」
頬に顔を摺り寄せ、唇を舐めてくる。
「よせって・・・くすぐったい」
こんな時間に外に出すのも酷かと布団の中に招き入れた。カカシは心得たもので、するっと中に入り込むと、イルカに寄り添うと体を丸めて眠ってしまった。
「しょーがないなぁ」
でも、あったかい。
その温もりが心地よくてイルカもすぐに眠りに落ちた。
翌朝、目が醒めるとカカシはすでにいなかった。窓も玄関もはしっかり閉まっている。一体どこから、と思ったものの、猫のことだしとあまり気にしなかった。
「んんっ」
夜中に意識が浮上する。またカカシだ。あれから時折、寝にやってくる。それぐらいは構わないと好きにさせておいたが、こうやって来るたびに起こすのは止めて欲しい。『今、来たよ』と言わんばかりに顔やら耳やらを舐められるのは、くすぐったくて仕方が無い。しかも今日は何だかしつこい。
「もう、カカシ。やめろって」
眠ったまま、ぐっと頭を押し退けるが・・・、
(なんだか毛並みがいつもより長い?)
不思議に思ってさわさわ頭を撫ぜていると「にゃあ」と鳴いた。
(やっぱりカカシだ)
悪戯はお終いとばかりに体に腕を巻きつけると布団の中に押し込んだ。今日は風呂に入れてもらったのか石鹸のいい匂いがした。そして、カカシはやっぱりあったかい。
「イルカ先生、たまには飲みに行きませんか?」
報告書を受け取った後、カカシに誘われた。
「え?」
「ほら、子供たちの話も聞きたいし。だめ?」
だめ?と言われれば駄目じゃない。イルカも子供たちの話は聞きたかった。二つ返事で了承すると、「校門で待ってます」と去っていった。
カカシに連れられて来たのは普通の居酒屋だった。
(意外と普通)
上忍だからどんな所に連れて行かれるのかと身構えていたイルカはそれだけでカカシに好感を持った。
情報を交換し、思ったよりも楽しい時を過ごしたイルカは、飲み足りないと言ったカカシを家へ誘った。三代目から頂いた良い酒があったのだ。
盃を重ねるうち意識は途切れ、気が付けば部屋の中は真っ暗だった。
「はたけ上忍、帰ったのかな」
いつの間にか寝かされたベッドの上で、途中で寝てしまい悪い事をした、と反省する。
「明日、謝ろう」
まだ眠い、と目を閉じようとすると、さわさわと首筋にあたる毛の感触。
「カカシ、来てたのか」
ぺろぺろと首筋を舐められ、くすぐったさに身を捩る。が、腹の上に乗っかられて思うように体が動かない。
「ん、カカシ・・・重いよ」
それに、熱い。酒が抜けていないのか、カカシを降ろそうにも力が入らない。放って置いてもそのうちカカシも寝てしまうだろうと好きにさせたら、舐める舌はどんどん胸へと下がっていく。乳首を執拗に舐められて、お母さんが恋しいのかと、
「赤ちゃんみたい・・・」
まどろみながら呟いた瞬間、思いっきり吸い上げられた。
「ああ・・っ」
刹那、背筋を駆け抜けた甘い痺れに驚いて目を開けた。
「あっ、・・・え、なに・・・?」
頭を上げれば、肌蹴た胸の上に銀色の毛玉―――と思われたものが顔を上げた。色違いの双眸をにっと細める。
「あ、あ・・・はたけ上忍?」
「ちがーう。オレはカカシ」
「カカ・・・シ・・・?」
「そう。カカシ」
伸び上がってちゅっとキスを落とす。
「ちがう。カカシは・・・ネコ」
「ちがわなーい。オレ、カカシだもん」
にゃあと鳴いて胸元に唇を落とす。
(あ。カカシの声)
(でもこの人ははたけ上忍・・・え?・・・え?)
混乱している内にちゅくちゅくと音を立てながら乳首を甘噛みされる。
「ぅんっ、ちょっ・・まって」
「まてなーい」
楽しげに宣言すると、空いたもう片方を指先でくりくりと転がすように弄り始めた。
「ふっ・・はぁ・・・っ、やっ」
やめて欲しい、そう思うのに、尖らせた舌で嬲られる度、乾いた指で押し潰される度、そこから全身に走り抜けるのは、紛れも無く快楽。カカシを押し退けようと髪に触れた手は力なく縋りつき、口からはすすり泣くような喘ぎ声が零れた。
「ふふ、かわいい。気持ちいいんだ」
ぼうっとした頭にからかう様な声が響いて視線を向けた。細められた色違いの双眸が上目遣いに見上げてくる。
「も・・・やめ・・・」
「うそ。体はそんな風にいってなーいよ?」
「あっ」
体の上で腰を揺すられ羞恥とも快楽ともつかない声を上げた。
「ね、勃ってるでしょ。イルカ先生の」
かあっと羞恥に顔が熱くなり、逃げるように後ず去ったが、膝を掴まれ片手であっさりカカシの体の下に引き込まれた。
「往生際悪いことしなーいの」
大腿を撫で擦られ体が震えた。押さえつけるように大腿の付け根を揉み込まれると重く痺れるような刺激が足の指先まで流れた。
「あっ、あぁっ」
「ココ、イイの?」
聞かれたって知らない。そんなところに性感帯があったなんて自分でも知らなかったことだ。押したり、小刻みに震わしたりしてイルカの反応を伺いながら、空いた手でベルトを外してきた。
「あ、あ・・・、やめて・・・やめて・・・」
「しぃー。もうだまって。ちゃんと気持ちよくしてあげるから」
(怖い)
それが勝手に行為を推し進め、知りもしなかった快楽を教えてくるカカシに対してなのか、心のどこかで続けて欲しいと―――快楽を求めている自分になのか判らない。ゆっくりジッパーを下げられて下穿きの上から形をなぞるように指を這わされる。
「はっ・・・んっ」
「硬くなってる」
そんな事、言われなくたって判ってる。羞恥に涙がぽろぽろ零れだした。
「うっ・・・・ひっ・・く・・・」
泣き出したイルカにカカシが顔を上げた。
「泣かないでよ」
優しく頬を撫ぜてくる。零れ落ちた涙を舌を出して舐め上げる仕草は見慣れたものだった。
(カカシ、かわいかったのに)
(猫だと思ったのに)
ひっくひっくとしゃくりあげる。
「ああー、困ったな」
眉尻を下げて言うのに止めてくれるのかと僅かに期待したが、次の言葉にひっと息を飲んだ。
「手加減できなくなる」
(コワイ、この人)
その後は容赦なかった。いつの間にか中心を直に握られて上下に擦り上げる。自慰とは比べものにならない。痺れるような甘い刺激がソコからとめどなく湧き上がる。
「はあっ・・・あぁぁっ、やァ・・・ぅあっ!」
激しく扱き上げ、嬉声を上げて悶える様を舌なめずりしながら見つめる目は肉食獣そのものだった。
(・・・喰われる)
心は恐怖に竦んだのに、体と脳は熱く溶けた。どろどろに溶けて、熱で潤んだ目で開放を強請れば、先端を抉じ開けるように嬲られた。
「ひぁっ、あっあぁ、・・・あああっっ!!」
散々煽られた熱は一溜まりも無く、カカシの手に叩きつけるように射精した。イッた後も搾り出すように根元から擦り上げられ、その度に体が跳ねた。
「ね、気持ちよかったデショ」
疑問ではなく確信を持って聞いてくるのに、ひぅ、ひぅと胸を上下させていたイルカは睨みつける気力さえない。それでも覗き込んでくる視線を避けて顔を背ければ、
「あーー、そんなことするんだ」
露になった耳に舌を這わされた。
「あっ、やめ・・・っ」
敏感になった体にその刺激は強すぎて、悲鳴を上げて身を捩る。それでもカカシは追いかけるように舐め上げる。ざーり、ざーりと―――。
「あぁ・・・っ」
自分の上げた甘い声に驚いて飛び起きると、勢い余ってベッドから転げ落ちた。
「いててて・・・・」
打ち付けた腰を擦りながら目を開ければ、すっかり朝で閉め忘れたカーテンから太陽の光がさんさんと降り注ぐ。
(あれ・・・あれ・・・?)
耳に手を当てれば濡れた感触。ひぃっと呻いてベッドを見れば、猫のカカシが。思わず足をバタつかせて後ず去る。きょろきょろと部屋を見回せば、いつ帰ったのかはたけカカシの姿はない。
「あ・・・あ・・・おれ・・・俺・・・・」
ばっと服を捲り上げて体を調べる。が、恐れていたような情交の後は無い。ついでに下も確認するが、夢精すらした様子はなかった。服もちゃんと忍服のまんま。
「夢!?・・・夢か」
なんだ、と安堵の溜め息を吐いた。カカシがそんなイルカを不思議そうに見つめて、耳の後ろを掻いた。
「だよな〜」
暢気に呟いてから襲ってきたのは耐え難いような羞恥心。
(俺、なんだってあんな夢!!)
(くぅ・・・恥ずかしい)
身悶えていると、カカシがするっと音も無く床に降り、イルカに体を擦りつける様にして通り過ぎた。
卓袱台を見れば、綺麗に片付けられていて、一瞬、一緒に飲んだのも夢かと思ったのに、流しに洗って伏せられた2つのコップと減っていた酒がそのことは確かにあった事だと教えてくれた。
「はたけ上忍、結構まめなんだ」
酔ったイルカをベッドに運び、後片付けをしてくれたことに感謝した。
(それなのに、俺ってば!)
再び襲ってきた羞恥心に身悶えていると、カカシが足に擦り寄ってきた。にゃあと鳴いてイルカを見上げる。
(きっと寝た後にいつものようにカカシに舐められて、はたけ上忍とカカシがごっちゃになってあんな夢みちゃったんだろうなぁ)
うわぁーと喚いて頭を掻き毟っていると、カカシがまたにゃあと鳴いて強請るように見上げる。
「なんだ?ごはんか?」
「にゃあ」
「そうか、ちょっと待ってろ」
冷蔵庫からご飯を出して、インスタントの味噌汁をかける。ぐりぐり混ぜて2つに分けると半分をカカシにやった。
「そういえば、お前朝までいるの珍しいな」
カカシはねこまんまを食べるのに必死で返事すらしなかった。
さっとシャワーを浴びて身支度を済ませるとカカシと一緒に家を出た。振り返りもせず錆びた手すりを歩いて去っていくカカシを見送りながら、今日は、はたけ上忍にはなるべくなら会いたくないと思った。どんな顔をしていいのか判らない。いや、相手は何とも思ってないのだから普通にしていればいいのだが。
「でも、昨日のお礼は言わないとな。迷惑かけたし」
だからなるべくでいい、と思いながらアカデミーに向かった。
会いたくないと思ったからか、その日一日は会わずに済んだ。だが、違う人間に捕まってしまった。
「うみのさん!!」
「は、はい!」
声を荒げて出てきたのはこのアパートの大家のおばちゃん。
(はて、なにかしたっけ?)
考えあぐねてる内に目の前にやってきて、鼻先に指を突きつけた。その勢いにたじろく。
「うみのさん!あなた、猫飼ってるでしょう!禁止してるのに勝手なことして」
「え、え、飼ってないですよ」
カカシのことが頭を過ぎったが惚けた。だってあいつは通い猫。飼ってるわけじゃない。
「嘘おっしゃい。今朝、一緒に出てくるとこ、この目でちゃんと見ましたからねっ」
見られてたのかと内心舌を打つ。
「出て行ってもらいますからね。今、すぐ!」
「えっ、ちょっと待ってください。飼ってないですって」
「そんなこと言っても駄目ですよ。ほんとに今頃の若い子は―――」
ルールが守れない、と息巻いて、一向にイルカの言う事に取り合わない。困ったことになったと焦っていると、
「あー」
後ろから間延びした声が聞こえた。気配無く現れた人影におばっちゃんと、(情けない事に)イルカはびくっと震えて一斉に振り返った。
「はたけ上忍!」
「な、なにあなた」
イルカが上忍と呼んだことにおばちゃんは一瞬たじろいだが、胡乱な風体に睨みつけるようにして言った。
「あー、ほんとに飼ってないですよ。猫」
一体どこから聞いてたんだ?と思ったものの、突然現れた加勢にイルカは心の中で喝采を送った。
「友達が言ったってだめですよ」
だが、敵も然るもの。平然と言い返した。
「いや、ホントですって。だってあれオレだもん」
ぴきんとイルカは固まった。
(今の言い方聞き覚えあるような・・・それにオレだもんって・・・)
「そんなこと言ったって・・・」
「だって、この猫デショ。おばさんが見たの」
素早く印を組むとぼふんと煙が上がった。
(見たくない!!!)
咄嗟に目を瞑ったものの、にゃあと鳴く聞き覚えのある声に目を開けた。
銀色の毛並みの、オッドアイ。
「か、カカシ!!」
「うん。そう」
ぼふんと煙を上げると元に戻った。唖然とするおばちゃんを置き去りにして、カカシがイルカの手を引いた。先を行くカカシが玄関を開けたとき、背後で「紛らわしいことして!これだから忍者は―――」とぶつぶつ言うのが聞こえたが、カカシが閉めた扉によって遮られた。
「はたけ・・・上忍?」
「んー?」
「昨日、猫に会いました?」
万が一の可能性に縋って聞いて見れば、カカシが可笑しそうにくすっと笑った。
「いーえー。だって、あれ―――」
―――オレだもん、と言う声と鍵を締める音が重なった。
渾身の力で地面を蹴って窓を目指す。が、居間に入ったところで背後から圧し掛かられた。それでも逃げようともがいていると、前足―――もとい、右腕で背中を押さえつけられた。
「はっ、はなせっ!」
「往生際悪いことしなーいの」
ひっと息を飲んで固まった。この言葉のあと散々な目に遭った。
「大人しく、する?」
ガクガクと頷けば、背中の圧迫が消えた。途端に這いずる様にして部屋の隅に逃げた。恐る恐る顔を上げれば呆れたようなカカシと目が合う。
「そーんなに怯えなーいの」
困ったように頭を掻くが、あの仕草は油断なら無い。あの後が怖いのだ。
(うぅ・・・全部夢だと思ってたのに・・・)
ガタガタ震えながら、更に体を壁に擦りつける様にして後退しようとしたが―――出来なかった。大きな体が恨めしい。
「あー・・・酷い事しないから」
おいで、おいでと手招きするのに首を振る。
「諦めなさいって。アンタ、遅かれ早かれオレを拾うって」
「拾わない!」
「いーや。拾うね。アンタ、情に脆いから」
「拾わない!拾わない!」
「そんなこと言ったって。アンタ、結局猫だって拾ったじゃない。飼えないって判ってたくせに」
「拾ってない!あんな猫知らない!」
「優しくしてやれば」
忌々しげに呟いて近づいてくるのに、イルカは強張った手足を掻くようにして逃げを打ったが、あっさり捕まって畳みの上に引き倒された。せめて身を丸めて体を守ろうとするが、腹の上から跨ぐように圧し掛かられて叶わない。上から睨みつけられて恐怖に息が詰まった。
「ゆるして・・・ゆるして・・・」
涙ながらに訴えるが、一向に押さえるつける手は緩まない。
どれくらいそうしてただろうか。これから行われるであろう暴力に怯えながら涙していたが、カカシは動かない。いい加減、涙が枯れた頃、
「こんな事がしたいわけじゃないのに」
震える声がして、イルカは引き起こされた。緩く抱きしめられて、宥めるように背中を撫で擦られる。
「ねぇ、どうしてオレを拾ったりしたの?」
「拾ってません」
(それに拾ったとしたら猫だ)
思っても怖くて口には出さない。
「だって、家に入っても怒らなかったじゃない」
「それは・・・・それは別にちょっとぐらい・・・通ってくるくらいならいいかと思って・・・」
「じゃあ、なんで餌あげたの?餌上げたら住みつくって知ってたんでしょ?懐いたら困るって・・・だから最初に駄目って言ったんでしょ?」
「それは・・・・・」
「嬉しかったのに。家に入れてくれて、ご飯くれて。帰るところが出来たみたいで―――嬉しかったのに。」
返す言葉がなかった。それはイルカも一緒だった。家に来てくれるのが楽しみだった。残業を切り上げて早く帰ったりもした。それなのにカカシが来るのはいつも眠った後で―――だから朝、目が醒めてからも居てくれた時は嬉しくて、強請られるままに餌を上げてしまった。駄目と言って来なくなることが寂しかったから。
「アンタが猫にオレの名前付けたとき、どれ程嬉しかったか判る?それなのに『知らない』なんて酷いよ。オレの事、なかったことにしないでよ。捨てるぐらいなら―――最初から優しくしないでよ。名前なんかつけないでよ。」
「ごめんなさい、酷いこと言って―――ごめんなさい」
さわさわと首筋に当たる髪を撫ぜた。
「オレね。イルカ先生がスキ。すっごくスキ。・・・・お願いだから、傍に置いて。もう・・・それだけでいいから・・・・」
懇願するようにイルカの肩口に頭を押し付けてカカシは静かになった。
ぐじっと鼻を啜って考えた。
(なんだか話が猫とごっちゃになってる気がする)
惑わされてるような気がする。これから拾うのは人だ。猫じゃない。
「でも・・・・・」
言いかけた途端背中を擦る手がぎゅうっとしがみ付いた。
「おねがい、拾って。イルカ先生に捨てられたら生きていけない」
(なんてこと言うんだこの人は)
「そんなこと言うの、ずるいです」
「うん、ゴメン。でもほんとのことだから」
「ずるい、です」
「うん」
(ぎゅっとしてくれる腕は気持ちがいいけど・・・)
「もう酷い事しないですか?」
「うん。しない。ホントはね、もっと優しくしたい。甘やかして、大事にしたい」
(それに、やっぱりあったかい)
「怖いことも嫌ですよ」
「わかった」
「じゃあ・・・じゃあ―――拾います」
言った瞬間、ぷっと首筋に息がかかった。
「ほらね。拾った」
「騙したのか!」
くつくつと笑うのに憤慨して暴れるとぎゅうぎゅう抱きしめられた。
「ちーがう。ぜーんぶ本当。もっとね時間が掛かると思ってたから。何ヶ月、何年掛かってもいいって思ってたから」
嬉しくってとすりすり擦り寄ってくるのに体の力が抜けた。
(そんなこと言ったって!)
猫のカカシにはとっくの昔に絆されてる。人間のカカシにはその名を猫に付けてしまうくらい―――。
「もう・・・なんだよ・・・」
ちぇっと呟いた唇にカカシがキスを落とそうとするのをさっと避けた。
「暫くはおあづけです。かっ、勝手に昨日みたいなことしたら捨てますからね!」
「えぇー、だってあれはイルカ先生が悪いんじゃないですか。いつもオレの体撫で回すから、オレ、サカっちゃってサカっちゃって」
「なっ、なっ!やらしい言い方しないでください!」
「だってほんとのことだもーん。それに昨日はイルカセンセ、一人だけイって、さっさと寝ちゃうし」
おかげで欲求不満です、と手が不埒な動きを始める。
「わあー、触るな!」
「まあまあ、猫に引っかかれたとでも思って」
不敵に言い放っておいて、その目が強請る。イルカの許可を待っている。
(そうやって、下から見上げられると弱いんだよなぁ)
がしっと頬を挟んで固定すると、ちゅっと触れるだけのキスを落とす。その目がもっとと強請るのに―――有って無いような主導権だな、と思ったことは心の中にしまっておいた。