誰にも見せられない





 夕暮れ時の受付所は帰還した忍達でごった返していた。誰もが早く任務報告を終えて、家に帰りたい(もしくは次の予定に向かいたい)ものだから、受付所に入ってきた忍は皆一様に長蛇の列にげんなりした顔をした。
 そんな中、どの列に並ぶかは重要な選択だった。一見列が短いように見えても、早く受け付けて貰えるとは限らない。
 今し方部屋に入って来た忍は一番短い列に並んだ。次に入って来たのはアスマで、受付忍を見比べてから一番長い列に並んだ。
 その選択は間違って無いが、面白く無い気持ちになる。
 しばらくすると受付を終えたアスマが胸ポケットから煙草を出しながらやって来た。
「なにやってんだ、カカシ」
「なーんにも。イルカ先生を待ってるだーけ」
「暇なヤツ」
 ヒマじゃないよ。心の中だけで言い返せば、アスマがぷかりと煙を吐いた。
「ちょっと、煙草臭いデショ」
「ここは喫煙スペースだ。文句があるならオマエがどっかいけ」
「いやーだよ」
 ココが一番良くイルカ先生が見えるのだ。
 どかりとイスに座ったアスマは、オレを気にせず煙草を吸い続けた。しかたなく後の窓を開ける。目の前ではアスマの前に入ってきた忍が、ようやく報告書を出していた。
 煙草を吸いきったアスマが片手を上げて帰って行った。
 その後も忍達の選択は続く。
 知ってるヤツは知っていた。ちょっとぐらい列が長くても、イルカ先生の列が一番早く提出出来るのを。
 オレはそれを誇らしく眺めた。テキパキ処理をするイルカ先生は優秀で、みんながそれを知っていた。


「カカシさん、お待たせしました」
「ううん。待ってなーいよ」
 アスマに言ったのとは反対の事を言った。実際、オレはイルカ先生を眺めていたから、無駄な時間は過ごしていない。
 二人で商店街を歩いた。
「今日の晩ご飯はなにがいいでしょうね」
 イルカ先生が店先を覗きながら言った。
「久しぶりに焼き肉食べたいです」
「焼き肉?いいですね!そうしましょう」
 即決だった。イルカ先生は肉食だ。イルカだけど魚より肉が大好きだ。だから聞かれた時は肉を提案する。
 肉は一番良い肉をオレが買った。イルカ先生がすごく喜んだ。
 家に帰るとホットプレートを出して、焼き肉の準備をした。イルカ先生と一緒に暮らすまで、焼き肉が家で食べられるなんて知らなかった。
 イルカ先生は放っておくと肉しか食べないから、たくさん野菜を切った。
 じゅうじゅう熱したプレートに肉と野菜を並べた。イルカ先生が涎を垂らさんばかりの勢いで、焼ける肉を見つめていた。
 オレはちょっと生ぐらいの焼き加減が好きだから、さっと焼いて口に運んだ。対して、イルカ先生は中までじっくり火を通す。
 本当は生でも食べられるぐらいの肉だから、そんなに焼かなくても良いんだけれど、イルカ先生は自分がお腹を壊しやすい体質だと思っているらしく、赤い部分が見えるうちは食べない。
 その辺りは間違い無くオレに原因があると思うが、詳しい事情を話してないので、イルカ先生は気付いていない。
 イルカ先生は元々ノーマルで、男との交際はオレが初めだったから、アレでお腹が痛くなるなんて知らないだろう。きっとオレが言わなければ、一生知らないままだろう。
 オレが二枚目を食べる頃、ようやくイルカ先生の肉が焼けた。タレを付けて口に運ぶ。その頬が嬉しそうに蕩けて、ニコニコしながら咀嚼していた。
「美味しいですね〜〜〜」
 言葉尻に力が入っていた。焼き肉にして良かったと思う。可愛いイルカ先生の顔を見られた。
 イルカ先生はいそいそと肉を並べて、ご飯を掻き込んだ。まるで肉を見ているだけでご飯が進むみたいに。
 もぐもぐ頬を膨らませて、肉をひっくり返す。さらにもう一度ひっくり返した所で、わぁっとテレビが歓声を上げた。イルカ先生の気がそっちに向く。
 ふと悪戯心が湧き上がって、イルカ先生の肉を攫った。ぱくっと食べて知らん顔すると、顔を戻したイルカ先生が吃驚した顔をした。その顔に可笑しくて堪らなくなるが、顔には出さなかった。
「カカシさん、ここにあったお肉知りませんか?」
「あ、ゴメン。食べちゃいました」
「いえ、いいんです…」
 あからさまにがっかりしていたが、イルカ先生はオレを許してくれた。新たな肉を置き、今度は目を離さずに焼き切った。口に運んでホッとした顔をする。
 しばらく普通に食べ続けたが、またイルカ先生がテレビに気を取られたから、イルカ先生の肉を攫った。
 さっきまでテレビを見て笑っていたイルカ先生の目が据わる。
「…カカシさん、ここからは俺の陣地です。いいですか?わかりましたね?」
 イルカ先生がホットプレートの真ん中に箸で境界線を引いた。
「あ、はい。ごめんなさい」
 何度も念を押されて、こくりと頷いた。警戒心の芽生えたイルカ先生が警戒心いっぱいの顔で肉を置く。警戒心いっぱいだったが、オレの陣地にも肉を置いてくれた。イルカ先生は優しかった。
 これ以上すると怒られそうな気がしたが、イルカ先生の怒っている顔が可愛くて、もっとその顔を見ていたかった。
 それにイルカ先生が何度も箸で肉をひっくり返すのを見ていると、そのお肉が美味しそうに見えた。だったら自分でじっくり焼けばいいのだが、イルカ先生のお肉が良いのだ。
 まさに食べ頃って時に、イルカ先生より早く肉を攫った。
「カ〜カ〜シ〜さ〜ん〜。どうして俺の肉を食べるんですか!」
 イルカ先生がおどろおどろしく言った。
「だって美味しそうなんだもん」
 言いながら、その隣にあった肉もひょいと食べると、イルカ先生がバシッと箸を置いた。
「食べるなって言ってるだろう!!!」
 激怒したイルカ先生に焦ったけど後の祭りだった。立ち上がったイルカ先生がオレに飛び掛かって来て、ボコボコに殴られた。
 イルカ先生も大人だから手加減してくれてるんだろうけど、頬はジンジンするし、引っ張られた髪がブチブチ抜けた。
「わあぁあっ!ごめんなさい〜〜!」
「最後の一枚だったのに!!!!」
「デ、デザート!デザート買ってくるから!」
「……本当ですか?」
「ウン。イルカ先生のスキなの買って来ます」
 約束して、ようやく馬乗りになっていたイルカ先生が退いてくれた。


 後片付けはオレがして、約束通りデザートを買いに外に出ると、イルカ先生もついてきた。
 さっき怒ったのが恥ずかしいのか、ぶっきらぼうな感じだったけど、照れた頬が可愛かった。
 二人並んで夜の道を歩く。
 甘い物が楽しみなのか、イルカ先生はウキウキしていた。

 きっと受付所でイルカ先生の列に並んだ忍たちは、イルカ先生にこんな一面があるなんて知らないだろう。
 みんなの前では優秀なイルカ先生。
 焼き肉でムキになって飛び掛かってくるイルカ先生なんて、可愛くって誰にも見せられない。



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