愛のかたち





 つん、つつ、つん。

 指先で窓を突付けば、寝室でなにやらごそごそしていたイルカの肩がぎくんと跳ね、その手から白い包帯が零れ落ちた。
 ぱっと振り向き、笑みを浮かべると窓辺へと駆け寄ってくる。
「カカシ。おかえり」
 からからと開け放たれた窓から身を滑り込ませるとイルカを抱き寄せた。
「ただいま」
 くんと息を吸い込めば石鹸の香りに混ざる僅かな匂いに眉をひそめた。
  ―――くそ、またか。
「 イルカ―――」
「今回は早かったね。ご飯食べた?それともお風呂入る?」
 はしゃいでカカシを引っ張って行こうとするのに歩みを止める。不思議そうに振り返るイルカのもう片方の手を優しく掴むと小さく腕が強張った。
「なに?」
「見せて」
 動こうとしないイルカを引き寄せるとゆっくりとアンダーの袖を上げて、  そこに刀傷を見つけて、ちっと舌打ちした。
「誰?」
「違うよっ、授業中に・・・不注意で・・・!」
 泣きそうな顔で必死に言い募るイルカに嘆息すると座らせた。
「ばい菌が入るといけないから先に包帯捲こう。ね?」
 優しく諭せば大人しく腕を差し出した。

 誰が信じると言うのだ。子供の投げたクナイが当たったとでもいうつもりか。

 見れば縫うほどでもなく、消毒すると包帯を捲き付けた。
 イルカの体にはこうした小さな傷がいくつもある。いたぶるように付けられた浅い傷が。

 普段ならちょっとした怪我でも「いたい」と泣きついてくる甘ったれのイルカが、こうして隠そうとする時は、大抵はカカシがらみの時だ。

 イルカがやっかみを受けている。

 気付いたのは付き合いだしてからだいぶ経ってからのことだった。優秀な方なのに普段から小さな傷の絶えないのを不思議に思っていたら、ある時、肩から血を流しながら必死に逃げているイルカと出くわした。咄嗟に背後に庇い、追いかけてきた男が、オレを見てひるんで逃げ出すのに、瞬時に頭の中が煮えたぎり、腕を折り、足を砕いて、半殺しにした。殺さなかったのはイルカが泣いて止めたからだ。

「中忍のくせに・・・っ」

 憎憎しげに吐き出された言葉に、コトの原因がオレにあることを知った。

 その一件があってからイルカの怪我が減った。出来るだけ傍にいる事が功を成したのか、それともオレの報復を恐れたのか。
 だが少しでも里を離れると、こうして手を出してくる馬鹿がまだいる。
 イルカは相手を明かさない。あの後、過剰防衛で謹慎処分を受けたオレにイルカは泣いて謝った。そんな必要などないと言うのに。

 捲き終わった包帯に恭しく口吻ければ、心細そうなイルカと目が合った。
「おいで」
 手を引けば、素直に首に捲きついてきたイルカをぎゅうっと抱きしめた。

 いっそ、離れた方がイルカの為になるのでは・・・・・・。

 いつもそんな考えを先読みしたようにイルカが口にする言葉を先に言う。

「ずっと傍にいるから・・・」



 ***



 ぎゅうっと抱きしめてくるカカシの腕の中で、どきどきと胸をときめかせながら、願う。

 もっと、傍にいて。

 こんな傷、カカシが負ってくるものに比べたら、ほんと大したことないのに。

 自分が傷つく事よりも、自分のことで他人が・・・俺が傷つくことを何よりも恐れる人だから、其処につけ込んだ。

  突き刺さるような羨望や誹謗の眼差しなど、カカシと離れることに比べたらどうでもいいし、むしろ心地いい。

「たかが中忍の分際であの人の傍にいるなんて―――」
「上忍がどれだけ危険な任務に就いているのか知らないくせに―――」
「里の中でぬくぬくと守られてるような奴が―――」

 まったくもってその通り。だからなんだってんだ。


 腕に力を込めて縋りつく。

 これでカカシは俺から離れない。
 きっと、任務も減らしてくれる。
 そしてもっと俺の傍にいてくれる。