9月18日
なにやらイルカ先生が楽しそうだ。
鼻歌混じりで皿を洗いながら、楽しげな気配がふわふわと台所から漂ってくる。
(いいよいいよ、イルカ先生が楽しければオレはそれで。)
居間でごろんと寝転がりながら哀愁に暮れる。
どうしたの?何かいいことあったの?と聞いてみても理由は教えてくれない。
「秘密」というばかりで、オレは蚊帳の外だった。
「はぁ〜ぁ」
「カカシさん、ヒマだったら先にお風呂は行ってくださいよ」
「はぁーい」
これみよがしな溜息も、気分の高揚しているイルカ先生には届かない。
のそりと起き上がると風呂に入った。鼻下まで湯船に浸かって物思いに耽った。
9月15日。
その日はオレの誕生日だった。
ま、オレもいい年だし、誕生日だからといって浮かれるような年でもないのだけれど、おめでとうの一言ぐらい、イルカ先生なら言ってくれるのではないかと少なからず期待していた。
いや、別に普段からオレの為によくしてくれるイルカ先生に文句を言うつもりはない。
だけどせっかく早く帰って、しかもイルカ先生もいて、一緒に夕食を取りながらいつもと変わらない夜を過ごすというのはいかがなものか。
よっぽど自分から言い出そうかと思ったが、イルカ先生も大人だし、あまり誕生日には関心が無いのかもしれない。
って言うか、あまりの無関心ぶりに言い出せなかった。
それにずっと何かに気を取られたように楽しげなのがオレの口を重たくさせた。うん、いいんだ。イルカ先生が楽しければオレなんて。
布団に入って並んで眠る頃、イルカ先生がオレの休みを確認してきた。
「カカシさん、明日お休みなんですよね?」
「うん、イルカ先生もデショ?」
もそもそと布団を被りながら嬉しそうに頷くのに、イルカ先生の楽しいことは明日、起こるのかもしれないと予測した。
せっかく二人一緒の休みなのに、イルカ先生はおでかけかー・・。
一人で留守番する自分を思い浮かべて、胸の内で溜息を吐いた。
せめて明日休みならばとイルカ先生の体に手を伸ばせば、「駄目です」と手を遮られた。
そのくせ腕の中に入ってくるから釈然としない。
(ほんと、いいよ。イルカ先生が良ければ。)
もやもやした気持ちを抱えたまま目を閉じた。
付き合い始めて半年。
イルカ先生はもうオレのことなんてどうでも良くなってしまったのだろうか・・?
切ない痛みを無理矢理閉じ込めて眠りにつけば、寝入って暫くした頃にイルカ先生がオレの体を揺すった。
「カカシさん、カカシさん!」
「・・なんですか」
眠い目を擦ってイルカ先生を見れば、ぜんぜん眠っていなかったのかパッチリした目でオレを見上げる。
キラキラした想いを内に秘めた目で。
はっきり言って寝覚めの気分は最悪だった。
いくらイルカ先生が可愛くてもちょっとばかり腹が立つ。
それはオレにちっとも楽しいことがないからだ。
枕もとの時計を見れば時刻はちょうど日付を跨ごうとしている。
「一体何時だと――」
「カカシさん、お誕生日おめでとうございます!」
「は?」
「カカシさん、今日、誕生日でしょう?忘れてたんですか?」
ぎゅううっと胸に縋り付いてくるイルカ先生に頭の中が真っ白になった。
(・・・イルカ先生、間違えてます。)
オレの誕生日は3日前に過ぎてしまった。
一体、なにがどうなってそうなってしまったのか。
だけどそれを告げるなんて大人気ないマネはしない。
それにイルカ先生が18日って言えば、今年からオレの誕生日は18日でいい。
一生、胸の中にこの秘密を抱えて生きていく覚悟を一瞬で決めてイルカ先生の背に手を回した。
「嬉しい・・、一番に言えた・・」
小さな呟きに胸がいっぱいになる。
溢れてくるものに喉を詰まらせながらイルカ先生を抱きしめた。
「・・ありがとう、イルカセンセ・・・」
「へへ・・、俺、いろいろ用意したんですよ。ケーキも予約したし、魚屋さんに頼んで波の国から黒サンマ取り寄せて貰ってるんです。きっとすごくおいしいですよ。あした一緒に取りに行きましょうね」
イルカ先生からぶわーっと抑えきれない喜びが溢れ出す。なんだ、これだったのか。
イルカ先生の楽しみの正体を知って、また胸がいっぱいになる。
そして胸の中に溢れ返る喜びはイルカ先生への愛しさに変わって、やっぱりイルカ先生の体に手を伸ばした。
だけど今度は拒まれない。
「いいの?さっきはダメって・・」
「だってあの時したら訳が判らなくなって、おめでとうが言えなくなるかもしれないじゃないですか・・」
胸に顔をうずめたまま、イルカ先生がぼそぼそ言う。
(うわー、もうダメだ。)
そんな可愛いこと言われたら手加減できなくなる。
これ以上イルカ先生が何か話す前に、その唇を塞いで行為に没頭した。
後日、どっかのバカがイルカ先生にオレの誕生日は9月15日だとバラした。
泣いて謝るイルカ先生を必死に宥めながら事の真相を聞きだす。
そっか。それならイルカ先生、ぜんぜん悪くないよ。
涙でぐしゃぐしゃになってしまった顔を拭いながら約束した。
来年も一緒に過ごしてね、と。
今年も祝ってもらえたし、来年の約束まで取り付けてオレ的には大満足だった。
だけど、それはそれ。
イルカ先生を泣かせたケジメはきっちりつけないとね。
足音を忍ばせて上忍待機所に潜り込むと、オレの誕生日を敬老の日だと適当に覚えていた奴ご自慢の髭を雷切りで炙ってちりちりにしてやった。