ぽかぽか 夏
(カカシなんか嫌い!嫌い!だいっ嫌い!!!)
ズンズン地面を踏みならしてトラ舎の前まで来ると寝転がった。腹が立ってバシバシしっぽを地面に叩きつけた。
(絶対に許してやらないんだから!)
胸の中に悔しさが込み上げる。カカシはとても意地悪だった。俺が泳げないのを知ってるくせに、一人で水の中に入っていった。傍に来て欲しかったのに、俺の手が届かないところに行ってしまった。
(俺だって、もうカカシと口利いてやんない!)
怒って目を閉じると、カカシの足音が聞こえた。
「イルカ、どうしたの?」
「……」
カカシの問い掛けに答えずにいると、フンフンと背中にカカシの息が掛かった。
「うるさい!」
起き上がって、バシッとカカシの顔を叩いて追い払うと、もう一度背を向けた。
カカシに傷付けられた胸がズキズキした。悔しくて、涙が出そうになって、前足で顔を隠した。
「イルカ…怒ってるの? 機嫌直して?」
カカシがウロウロ俺の周りを歩いたが、小さく体を丸めて聞こえないフリした。耳がぺたりと下がっていた。ぴんと立てようと思ったけど、どうしても出来なかった。しっぽもさっきまでの勢いは無くなって、体にぐるりと巻き付けた。…ピスピスピス……
鼻が勝手になって、慌てて息を詰めた。
「イルカ…?」
頭にカカシの鼻が触れたけど、眠ったフリで気付かなかったことにした。
しばらくすると俺の様子を窺っていたカカシが離れた。また水に入りに行くのかと思ったけど、ブルッと体を震う音がした。背中に水滴が掛かる。
またカカシが近づいて、のしりと横たわった。ザリザリと毛繕いをする音が聞こえた。濡れた体を乾かしているのだろう。
(カカシ…怒ったかな…)
一方的に怒りをぶつけてしまった。ちゃんと話し合えば良かったかもしれない。そう考えて、ブンブン!と心の中で首を横に振った。
(俺は悪くないもん!)
カカシが一人で水の中に入って行ったのがいけないんだ。俺の傍にいてくれなかったカカシが悪い。
ますます耳がぺたりとして哀しくなった。
(どうしてカカシは俺の傍にいてくれなかったんだろう…)
外に出たら『ちゅべたい』があって嬉しかった。子供の頃、父ちゃが時々くれた。
「イルカ、ちゅべたいぞー」
そう言いながら、口の中入れてくれた『ちゅべたい』は、ひんやりして美味しかった。
それは今日のは特大だった。夢中になって食べていたら、カカシが居なくなっていた。一人で『ちゅべたい』を浮かべた水の中にいた。
(カカシはもう俺と居るより一人で居る方が良くなったのかな…)
そう思うと、カカシが居なかった時のことを思い出して泣き出しそうになった。
(またカカシが居なくなったらどうしよう…!!!)
今度こそ、俺は置いてかれてしまうだろう。俺はカカシほど運動能力が高くないから、カカシについて行けない…。ピスピスピスピスピスピスピスピス
鼻が盛大に鳴りだしたけど止められなかった。
「イルカ、どうしたの?」
カカシの心配そうな声が聞こえた。ピスピスピスピスピスピスピスピス
俺は苦しくて鼻を鳴らすだけで精一杯だったが、その時カカシが俺の背中を舐めた。
いつものねろーんとした舐め方じゃなくて、てちてちと優しく舐める。
(カカシ…)
その遣り様が心地良くて、次第に気持ちが落ち着いていった。背中から始まった毛繕いは全身に及んだ。ぺろぺろ、てちてち…
次第にウトウトして、意識が遠退いていく。
(カカシに謝らないと…)
「イルカ、起きて。ご飯の時間だよ」
優しい声で目が覚めた。いつの間にかべったりカカシが寄り添って、俺の耳を舐めていた。全身からカカシの匂いがする。
太陽は沈み掛かって、空がオレンジ色に染まっていた。
「…ご飯?」
「ウン」
カカシの返事を聞いてから、もう口を利かないと思っていたことを思い出した。胸の中に気まずい思いが込み上げる。
(カカシに謝らないと…)
一方的に怒鳴ったりして悪かった。カカシの顔を叩いたりして悪かった。
だけど、カカシがもうなんでも無い顔をしているから言い出し難い。でも、ちゃんと謝らないのは男じゃ無い気がして、思い切って口を開いた。
「カカシ!」
「ウン?」
トラ舎の中に向かいかけていたカカシが、きょとんと振り返った。
「どうしたの?イルカ」
「いや、あの、その…」
いざ謝るとなると、もじもじした。照れ臭い。こんなことならもう怒らない方が良いと思った。
「カカシ、あのね。もう俺の傍から離れないで…?」
精一杯の気持ちを込めて言うと、カカシがにっこり笑った。
「オレはイルカの傍から離れたりしないよ?」
「嘘だ!一人で水の中に入ったじゃないか!」
「それでイルカ怒ってたの?」
「うっ!」
耳がぼわっと火照った。今気付いたと言わんばかりだ。そんな風に聞かれると、まるで俺が勝手に怒ってたみたいじゃないか。
でも怒ったことに変わりないから素直に頷いた。
「…うん」
「じゃあ、今度からはイルカの一緒に入ろう?」
「で、でも、俺、水の中に入れない…」
「オレが泳ぎ方を教えてあげるヨ」
「………ホント?」
「ウン」
「俺でも出来る?」
「ウン!」
太鼓判を押したように頷かれて嬉しくなった。これでカカシに置いて行かれなくて済む。そう思うと安心して、ぐぅと腹が鳴った。
「イルカ、早く入ろう」
「うんっ」
誘われてトラ舎の中に入った。今日食べた肉は最高に旨かった。
そして、翌日。
俺は約束通りカカシに泳ぎを教えて貰った。…が、目の前でたぷたぷ水が揺らいでるのを見ると、恐怖心が湧き上がった。
「や、やっぱ無理!」
「イルカ、大丈夫だよ。前足からじゃなくて後ろ足から入って」
「後ろ足?そんなことしたら水が見えないじゃないか!」
「大丈夫だから。オレ達トラは後ろ足が届くところなら、顔が水の上に出るから。それにココの池は浅いから、どこに行っても足が届くよ」
「ホントに?」
「ウン」
臆病風に吹かれた俺をカカシは根気強く励ましてくれた。ずっと傍に居て、手本を見せてくれる。後ろ足からゆっくり水の中に入っていくカカシの真似をした。
(置いて行かれるのはやだ)
後ろ向きに、首を捻りながら、恐る恐る水の中に下がっていった。
「イルカ、上手!その調子だよ!」
だんだん体が水の中に浸かっていく。ヒンヤリして気持ち良かった。やがて前足も水の中に浸かって、体全体が水の中に浸かる。
「…出来た!」
「やった!イルカ」
カカシに誉められて嬉しくなった。カカシと同じ水の中にいられるのも嬉しい!
「あとは慣れたら、こうやって前足と後ろ足を動かして」
カカシが水の中を泳ぎだした。完全に手足が浮いている。
「…カカシ、それはまだ無理。怖い」
「ウン。徐々に出来る様になろうね」
「うん」
今はこれで満足だと思ったけど、カカシと水掛けっこして遊んでいる内に泳げるようになっていた。
カカシは凄い。泳げなかった俺が泳げるようになった。
カカシ、いつもありがとう。
大好きだよ。
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