落陽
「お前がっ!」
叫んだ声に驚愕の表情を浮かべたのは父親の方ではなく、むしろ手を引かれた子供の方だった。
橙色の光が辺りを包む夕暮れに、忍服を着た父親とその父を見上げて嬉しげに笑う子供の横顔が染まる。
手を繋いで歩く二人の姿を見ていたら無性に腹が立って、激昂する。
もう二度とオレが手にすることの出来ない光景を見せ付けられて、そうせずにはいられなかった。
その繋がれた手を、引き裂く権利がオレにはある。
お前のせいで。
お前が奪った。
お前さえ居なければ。
お前が――。
地面を蹴って駆け寄ると、父親は子供の手を離して脇へと突き飛ばした。
懸命な判断だ。
身長差に、飛び上がって殴りつけると男はあっさり吹き飛んだ。
同じ中忍とは言え、大人と子供。その気になればあんなに軽々しく殴られたりしないものを。
――馬鹿にして。
口から流れれた血を拭いながら起き上がる男を更に殴ろうと踊りかかれば、どんっと横から飛びついてくるものがある。
「やめて!とうちゃんに乱暴しないでっ」
目にいっぱい涙を溜めた黒い瞳がオレを射抜く。
――コイツ、オレのこと怖くはないのか。
「イルカ!どきなさい!」
「やだっ!」
ぎゅうぅとしがみ付いてくる体に訳もなくうろたえた。
今にも泣きそうな顔をしながら歯を食いしばり、大切な人を守ろうとする小さな体。
その姿がなにかの記憶と重なりそうになり――。
「邪魔だ、どけ!」
内心の動揺を打ち消すために小さな体を片手で払えば、簡単にその体は離れた。
「イルカ!」
男の視線が子供に向けられ、次の瞬間子供は火がついたように泣き出した。
――え?
その異常とも言える泣き方に視線を向ければ、顔を抑えて蹲るその小さな指の間から鮮血が溢れ出る。
何故?何が起こった?と混乱する間に男が駆け寄り、ポーチから出した布で子供の顔を押さえた。子供を抱き上げ、駆け出そうとしてオレを振り返る。
「カカシくんも一緒に来て」
凍りついたように一歩も動くことの出来ないオレを男は、――イルカと呼ばれた子供の父親が見た。そこに浮かぶ表情から男の感情を読み取ることが出来ない。
「カカシくん」
焦った男はオレの手を握ると里の中心部へと走り出した。
熱い手がオレの手を包む。
「はなせっ」
振り払おうとしても手は頑なに拒んで離れない。
これがこの男の実力かと奥歯を噛み締め、繋がれた手に耐えた。