ジェンガ
酷く暗い顔をしていると思ったら、はしゃいだり。
最近のイルカ先生は忙しそうだ。
「なにしてるの?」
「ああ、これですか。巻物が古くなってきたから写し直そうと思って」
「ふぅん」
連日、アカデミーから沢山の巻物を持ち帰り、連夜、真新しい巻物に写し取っていく。
それが終わると今度はジェンガを買ってきた。「一緒にしましょ」と卓袱台の上に積み重ねられたそれを箱からそっと出し、ブロックを一個引き抜いて上に置くとオレが来るのを待った。
それでいいなら付き合ってあげるけど。
手先の器用なイルカ先生と計算高いオレとでするジェンガは、コツを掴んでしまえばそれはもう高い塔を作り上げた。
毎晩やればコツも掴む。
あいだに隙間を空けて、二本ずつ積み重ねられた塔は、もうこれ以上抜けるところなんてないのに。
いつからだったかなんて。
あの日の朝、ぱちっと目を開けたイルカ先生が幸せそうに笑って、ベッドから抜けると洗面台に向かった。
ただ流れる水の音。
戻ってきた先生の目は赤かった。
最後に残った三本の真ん中を抜こうとしている。眉間に皺を寄せて、慎重に慎重に指先で押して、そうっとそうっと出てきたブロックを引き抜いた。抜け出た瞬間、ぱぁっと笑って、僅かに揺れる塔に息を詰め、天辺へブロックを運ぶ。
震える指先で。
苛立ちが募る。
何度この光景を見させられたことか。
天辺にブロックを乗せようとした瞬間、大きな音を立ててブロックが崩れた。
はぁっと溜め息を吐くと、
「もう寝ましょうか」
ブロックもそのままに立ち上がった。
その手を捕まえ引き寄せた。
「もう疲れました。続きは明日に・・・」
「イルカ先生。ジェンガはもう飽きました」
「そうですか・・・・・」
「・・・ねぇ。他に何か無い?オレにして欲しいコト」
尋ねてみれば、考えるフリをして黙り込む。
「ネェ。あるデショ。言ってごらん」
「・・・・別に・・・ないです」
「またまた!」
冗談めかして抱きしめた。
でないと、辛い。
あんまりだ。「別にない」なんて。
気付かないとでも思っているのか。
何かを忘れようとするために他のことで気を紛らわしている事を。
一人で抱え込んで。
オレを締め出して。
こんなに傍にいるのに。
「カカシさん、放して。もう寝ましょう?」
押し返す手を無視して更に腕に力を込めた。
「もう 冗談はいい加減に」
宥めるように背中を撫ぜてきたけどそれも無視。
「カカシさん?」
拘束を解こうとする。
「放して・・・」
押し返す力が強くなる。だんだん本格的に抗い始めるのを力で押さえつけた。
「放してって!」
怒って髪の毛を鷲掴みにされたけど手は緩めなかった。
「ちくしょうっ、放して・・・って、放せって言ってんだろう!」
「ふっ・・・・くっ・・・」
やがて聞こえてきたのは小さな嗚咽。声も立てずに静かに。
腕を緩めて背中を撫ぜ、頭を撫ぜる。
代わりにイルカ先生がぎゅっとしがみ付いてきた。ヒックと震える体にまた背を撫ぜた。
どれくらいそうしていたのか。
「カ、カシ・・・さん」
時々しゃっくりが出たときみたいに体を震わせながら、呼ばれた。
「なぁーに?」
「ぅくっ・・・ずっ・・と・・っ・・・」
「 うん 」
「・・・そっ・・・・に・・い・・・てっ・・・」
「 ハイ 」
―――当たり前デショ。
囁いてぎゅうっと抱きしめれば、イルカ先生は震えながら大きく息を吸って、吐き出した。
別に理由なんて話してくれなくても良かった。
ただ、イルカ先生が楽になれば。
前みたいに笑ってくれさえすれば。
ただ、それだけで、オレは―――。
「そろそろ、寝ましょーか」
体を離そうとすると首に巻きついてくる。どっこいしょ、と抱え上げ「おっきな赤ちゃんみたい」と言えば「うるさい」と悪態を吐いた。
うん。その方がイルカ先生らしいよ。
ベッドに降ろせば、首にしがみ付いたまま、ごそごそと脇に寄ってオレが入る場所を空けてくれた。その様子があまりにも可愛くてくすくす笑っていると、背中に手を回し胸に顔をうずめた。
たぶん顔を見られるのが恥ずかしいのだろう。
もう何も言わず抱きしめて眠りについた。
翌朝、「おはようございます」と腫れぼったい目のイルカ先生は、はにかんで、オレの大好きな笑顔を見せた。