何気ない日々に
久しぶりに休みが重なった。
昼過ぎに目が醒めて、いつまでもごろごろしていたい気もしたがそういう訳にもいかず、布団から抜け出すと洗濯を始めた。
窓を開ければ、ものすごく晴れていて雲ひとつなく、絶好の洗濯日和だった。急にやる気が湧いてきて、この際いろいろ洗ってやろうと思った。それに布団も干したいし、掃除もしたい。
後ろを振り返ればカカシさんはまだ布団の中。起きる気配がない。
「カカシさん、起きて下さい」
「うー・・・ん」
ゆっさゆっさと揺すると、布団を引き上げて頭まで潜ろうとする。
疲れているのかもしれない。でも、はっきり言って自業自得。さっさと寝ようって言ったのに。
足元にまわると掛け布団をしたから引っ張った。
「んんんーーー、っ」
呻いて布団を取られまいと足を絡めようとする。
「あまい」
更に布団を持ち上げてかわすと一気に引っ張った。
取り上げた布団からカバーを外すと恨めしそうな顔をしたカカシさんと目が合った。
「そろそろ起きて下さいね」
にっこり笑って言うと口をへの字に曲げて枕を抱えて丸くなった。
なんて往生際の悪いというか、寝汚いというか。
掛け布団をベランダに干して戻ってくると次はどっちにしようかと見下ろす。
いつまでそうしてられるのか楽しみになってきた。
「カカシさん、起きないんですか?」
聞けば更に体を丸めた。
・・・ったく、半分起きてるくせに。
手短に枕を引っ張れば、カカシさんも一緒に付いてきた。
「あ〜、コレはイーヤ」
掠れた低い声で言うと、がっちり抱え込んだ。こうなると俺では取れない。はあっと溜め息を吐くと、そのまま引き摺って布団の外にだして畳の上に転がした。シーツとカバーを外すと布団をベランダに干した。
「あとは・・・」
コレだけだとカカシさんを見下ろした。
「カカシさん、枕カバーも洗いたいんですけど」
「んー、コレはイイです」
「でも・・・、汗くさいでしょ?」
「それが、イイんです」
眉間に皺を寄せてたくせに、妙に嬉しそうな顔をしてすりすりと顔をうずめだす。
「はぁ?」
わけわからん。
言ってダメなら説得するまでだ。
「偶には日に当てないと」
顔をうずめたまま首を振る。
「ダニが湧きますよ」
「・・・・イイです」
よくねぇ。
「俺が嫌です」
そう言えばぴたっと動きを止めた。
ぐっと枕に顔をうずめて体を小さくして子供みたいに。
あ・・・・・・。
既視感に襲われる。
既視感・・・・。いや、違う・・・。これはいつかの・・・・・。
こういう姿を見せられるのは堪らない。
過去のいろんなことを思い出して寂しいような切ない気持ちになる。
それからカカシさんの幼かったころを想う。
「カカシさん・・・・」
傍にしゃがみこむと、カカシさんの髪に手を滑り込ませた。指の間をひんやりした髪が流れるように滑っていく。何度も。何度も。
同時にあの頃を懐かしいとも思う。
懐かしく感じられるのは、この人が傍に居るからだ。
もう一人じゃないからだ。
「・・・・・・・して」
「え?」
じんわりと感傷に浸っていたら、聞き逃した。
「膝枕してくれたら、枕、放します」
枕から顔を上げて上目がちに聞いてきた。
「ぷっ」
「も〜、なんで笑うんですか」
へんてこな交換条件とは裏腹に遠慮がちに聞いてくるのが可笑しくて、つい噴出すと、ぷうっとほっぺたを膨らませ、勝手に頭を乗せてきた。
まだすることがあったけど、ちょっとぐらい後になってもいいかと好きにさせておいた。
さっきみたいに嬉しそうな顔をしてるのがかわいい。
でも、前から疑問が。
「・・・膝枕って首とか痛くなりません?」
「なにいってるんですか。なりませんよ。だいたい膝枕は男のロマンじゃないですか」
「ロマン・・・ですか。でもそれは女の人の柔らかい膝だから気持ちいいんじゃ・・・」
「イルカ先生のは気持ちいいです」
即答された。
「そう・・・ですか・・・?」
何気に失礼な事言われたような気がするのは気のせいか?
むちっとした自分の膝を見下ろす。複雑な心境だ。
「あ!そうだ」
「なんですか?」
突然嬉しそうな声をあげたカカシさんを見下ろした。
「イルカ先生もしてあげます!」
「え?」
なにを?と聞こうとしたら急に視界が反転した。
******
いいこと思いついた。
がばっと起き上がると胡坐を組んでイルカ先生の腕を引っ張った。それから、膝の上に頭が来るようにころんと転がした。
今までイルカ先生に膝枕なんてしてもらったことしかなかった。
体験してもらうのが手っ取り早い。
「わっ!お、俺はいいです!」
「いいから、いいから」
照れて暴れるイルカ先生の頭を押さえつけているとしばらくじたばたした後、観念したのか大人しくなった。耳まで真っ赤になっている。
「どうですか?」
上から覗きこむと視線のやり場がないといったようにきょろきょろとする。
あんまりにも動揺してるからちょっとからかってやりたくなったが、逃げられたら困るので止めておいた。
「どうって・・・・」
「よくない?」
「う・・・ん」
居心地悪そうにもぞもぞしている。
悪いなんて言われたくなくてそっと髪を撫ぜてみる。
「あ。この角度」
左膝に頭を乗せ、体の左側を下にして体を丸めると漸く落ち着いたようだった。
「いいですか?」
「はい」
ほんとかな。イルカ先生って我慢するとこあるからな。
ちょっと疑わしいと思ったけど、イルカ先生がじっとしてるから何も言わなかった。
「カカシさんって子供のころどんなカンジでした?」
髪を撫ぜていたら不意にイルカ先生が聞いてきた。
「え、オレ?どうしたの急に」
「いえ・・・なんとなく」
脈絡のない問いかけになんだろ?と思ったものの、子供の頃を思い出してみる。
子供の頃・・・・、子供の頃・・・・?
「うーん、あんま、覚えてないです」
「物心付いた頃には任務に出てたし」
「そうですか・・・・」
「でも、可愛げのないガキだったと思います」
そう言えば、イルカ先生の笑う気配が膝から伝わった。
「自分で言わないで下さいよ。そんなこと」
「えー、でも事実だし」
イルカ先生が笑うのが嬉しくて強調した。
すると膝に顔をうづめる様にして、くすくす笑う。
それがなんだかくすぐったい。
「俺はね・・・・・可愛かったんじゃないかと・・・思うん・・・です」
途切れ途切れに言うのに、おやっと思って気付かれないように覗き込めば、瞼がトロンと落ちかけている。
やった!ねっ!気持ちいいでしょ!
心の中でガッツポーズをとって、ことさら優しく髪を梳いた。
「・・・そうですか?」
「は・・い。もうね・・・ぎゅって・・・したく・・なるく・・ら・・い」
「うん」
まどろみを邪魔したくなくて短めに返事をした。でもイルカ先生の優しい言葉は心の中に染み込んでくる。
「もっ・・と・・はやく・・・会いた・・・った・・・・な」
そう言って、ふんわり笑うと完全に眠りの中に落ちた。
暫くの間、そっと髪を撫ぜた。
静かな部屋の中にすー、すーっとイルカ先生の寝息だけが聞こえる。
つんつんと鼻を突付いて確かめてみた。
身じろぎ一つしない。
完全に眠ってる。
はーっと静かに息を吐き出した。心臓がドキドキする。
嬉しい。
オレの手の中で眠りに落ちた。
じっと寝顔を見つめた。
あどけない寝顔がかわいい。
「 イルカ 」
小さく呟くように呼んでみる。
「 イルカ 」
「 イルカ 」
「 イルカ 」
不意に胸がギュッと締め付けるように苦しくなった。
胸の奥底からこんこんと湧き上がる想いでいっぱいになる。
はあっと息を吐いて、その波をやり過ごそうとするが、後から後から湧いてくる。
愛しい。
こんなにも深い感情が自分の中にあったのかと驚くほど。
ただ、たまらなく愛しい。
もう、それだけ。
込み上げてくる愛おしさでどうにかなりそう。
ほんとうにもっと早く会いたかったなと思う。
時々、考える。
あと、どれくらい一緒にいられるかな?と。
簡単に死ぬつもりはないけど。
イルカ先生が25年間生きてきたのなら、その25年間一緒に生きてきたかった。
ずっと傍にいたかった。
これからも。
ずっと、傍にいる。
何があっても守ると誓う。
命に代えても。
膝を腕に変えて、イルカ先生の隣に寝転がった。
背中からぎゅっと抱きしめて腕の中に閉じ込める。
こんな日がいつまでも続くように願う。
この瞬間が、普段の何気ない日々がとても大切に思えた。