淡い言葉
そよそよと心地よい風が吹く中、洗濯物を干し終えた俺はいつまでも眠りこけているカカシさんを起こした。
ゆさゆさ揺するとむくっと起きてぼさぼさの頭でぼーっと前を見ている。まだ半分寝ているのか薄目を開けてゆらゆら揺れている。
「もうすぐお昼ですよ」
折角一緒に休みなんだからお昼ぐらい一緒に食べて欲しい。それにこんなに気持ちのいい天気だ。偶にはどっかに出かけたい。
今にも雛が出てきそうな髪をぐしゃぐしゃ掻き回すと観念したのか漸くベッドから足を出した。ふらふらと洗面台に向かっていくのを見送って窓を大きく開けると桟に布団を干した。パンパン叩くと細かい塵が風に乗ってきらきら光った。
「イルカセンセー」
呼ばれて振り向くと顔を洗って幾分すっきりしたようなカカシさんが髪を弄りながら立っている。
「なんですか?」
「イルカセンセ、髪切って」
「えっ?」
パジャマ着たまま子供みたいに何を言い出すんだ。この男は。
「えっと。俺、人の髪切ったことないですよ」
だから無理ですと続けようとするとムスッとして、
「ウソ。アンタナルトの髪切ったデショ」
と、どこか責めるみたいに言う。
確かに切った事あるけど・・・
「でも・・・アナタとナルトとでは・・・」
ちがうと言いかけて口を噤んだ。
あの時の俺のこの言葉は酷くこの人を傷つけたらしい。それは、あの後『酷い言い方してごめーんね』と小首を傾げて冗談のように謝ってきたけど、とても哀しそうな目から見て取れた。あんな目ナルトだって見せた事ない。
それを俺はまた言ってしまった。
一度出た言葉を消せる訳も無くかといってごめんなさいと謝るのは違う気がして黙り込んだ。だって俺の中では違っていたから。二人とも俺の中ではとても大きな存在でとても大切なんだけど二人に対する気持ちはどこか違っていた。でもそれをどう説明していいのか分からない。
どうしよう・・・
言葉に困って俯いたら急に光が翳って顔を上げたら、
「当たり前です」
と、言葉が唇に触れた。
「一緒にしないで。こんなコトしていいのオレだーけ」
呆気に取られていると手を引かれて居間に連れて行かれた。
「準備するから待っててね」
にこっと笑うと新聞や鋏を取りに言った。
どうしよう。いま抱きつきたくて仕方が無い。
このカンジはなんて伝えればいいんだろう。確かに込み上げてくるものがあるのに言葉にしようとすると急に手の届かないところに行ってしまう。もどかしい。ナルトといる時はこんな気持ちにはならない。そういうもの。
なんて言えば・・・と考えているうちにカカシさんはベランダへと続く窓辺に新聞を広げていく。台所からスツールを持って来ると新聞の上に置いて座った。スツールの足にある渡し木に足を引っ掛けると『いいよ』と振り向いた。
「あ・・・」
・・・どうしよう。ホントに切る事になってしまった。
ハイと手渡されて鋏を受け取るとしばし固まった。どう切っていいのか分からない。
「カカシさん、あの・・・どう切っていいのか分からないです」
「適当に短くしてくれたらイイヨ」
「・・・ホントにいいんですか?俺が切っても」
「イイから」
「ヘンになっても知りませんよ」
「だからイイって」
くすくす笑ってるけどホントのホントに知らないからな。
跳ねた髪を撫で付けながらどう切っていくか考えた。
だいたい人が髪を切るトコだって見たこと無い。自分のは伸びれば適当に切り落とすし、ナルトのは本当に適当だ。ちょっとぐらい変になっても文句言わないし、ていうか気付いてないし気楽なもんだ。・・・・ナルトと同じじゃあ・・・不味いよな。額当てしたら分からないような気もするけど・・・・。うーん。・・・・・・・それにしても。
「ぶぶっ」
すごい寝癖。
「イルカセンセ?」
「何でもないです。ちょっと霧吹き取って来ますね」
笑ったらなんだか気が楽になった。ぷしゅぷしゅ水をかけながらなるようになれと思った。
「じゃぁ切りますね。背筋伸ばして」
「はーい」
「どれくらい切ったらいいですか?」
「うーん。5センチぐらい?」
「5センチってこれぐらいですか?」
窓に薄っすら映った姿を見ながら、これぐらい?これぐらい?と髪を摘んでいるともうとカカシさんが振り向いた。
「イルカ先生の好きにしていいです」
うれしいな。なんだか顔に血が上ってくる。
「そんなこと言ってると坊主にしますよ」
照れ隠しに言うとそれはイヤですと困った顔をした。
可愛いな。
ウソですよと前を向かせると一房摘んで鋏を入れた。銀色の髪がパラパラと新聞の上で音を立てた。カカシさんの肩や足にも落ちて、なんか捲いておけば良かったと言うと、後で風呂に入るからいいと言われた。俺って気が利かないな。ほんとに。
切っているうちになんとなくコツが分かってきてシャキシャキ鋏を入れた。
カカシさんは何にも言わずじっとしていて部屋の中に鋏の音と落ちた髪が新聞を叩く音だけが響いた。
とても静かで穏やかな時間だった。
そろそろいいかなとカカシさんを窺うと。
眠っていた。
なんて無防備な。
馬鹿じゃないかと思った。いくら髪を切るためとは言え他人に急所を曝しているというのにまさか寝てしまうなんて。ありえない。馬鹿だこの人。
鋏を置くと手櫛で梳いて切った髪を落とした。肩に落ちた毛をそっと払う。
窓の外から眩しいぐらいの光が入り込み、ベランダで洗濯物が風に揺れていた。
俺だってちゃんと分かってる。たかが中忍の俺ぐらいの殺気だって込めれば起きて素早く対応できることぐらい。でも、こんなのたまらない・・・。
銀色の頭がコクンと揺れた。
「あー。寝ちゃった」
「終わりましたよ」
「ほんとだ」
両手でわさわさと髪を触って確かめている。
「ありがとね、イルカセンセ」
ふいに肩に置いていた手を引かれてカカシさんの背中に張り付く形になった。その拍子に目に溜まっていたモノが零れ降ちてカカシさんの膝を濡らした。
「「あ」」
やばいなぁと思っていたら焦ったカカシさんが立ち上がろうとするからもう一方の手も首に回してぎゅうっと押さえ込んだ。
「イルカセンセ?なんで?」
カカシさんが無理やり首を回してこっちを見た。恥ずかしくって目が合わせられない 。
「もしかしてさっきのこと気にしてるの?オレ、なんとも思ってないよ」
泣かないでと涙を拭ってくるのにずずっと鼻を啜ってカカシさんを見るとその目があの時と同じ色をして。
ホントにたまんないよ。
「なんか・・・幸せすぎて・・・」
自分で言っておきながらすごく恥ずかしくなって、ぎゅっとしがみついたままカカシさんの首筋に顔を埋めた。