256 前編 sample




 食堂は冷房が切ってあって、蒸し暑かった。シャツをパタパタ揺らして、体に風を送る。
「今日は誰も居ないの?」
「ええ。昨日から林間学校へ行ってます」
「へぇ、そんなのあるんだ」
「はい。体験学習で畑の手伝いをするんですよ」
「イルカ先生はお留守番?」
「そうです。どうぞ」
 コトンと置かれたグラスを手に取った。汗を掻いて、喉が渇いていた。ごくごく飲み干せば、おかわりを入れてくれた。
「カカシさん、別の部屋に移動しませんか? この部屋暑いでしょう? ここは夕方になると西日が当たるから」
 トレイにグラスを二つ乗せて移動する。
 向かったのは畳の部屋だった。この部屋もむしっとしていたが、クーラーを付けてくれたので、次第に涼しくなった。
「一人の時はクーラー付けてないの?」
「はい。暑いのは嫌いじゃないんで」
 そう言って、ニカッと笑ったイルカに納得した。
 イルカは夏が似合う。
「イルカ先生は夏がスキそうだーね」
「わかります? 水遊びが好きで、子供の頃は海やプールに良く行きました。…カカシさんは、苦手そうですね」
「ウン。オレは寒い方が得意。暑いとだれちゃって…」
「俺は寒いの駄目なんです。あ! でも雪は好きです!」
 ――俺。
 イルカが自分をそう呼ぶのは、初めてじゃないだろうか。いつも丁寧に話すイルカの素の部分に触れた気がして嬉しくなった。
「前にね。庭に雪が積もって、でっかい雪だるまを作ったんです。楽しかったなぁ」
 ニコニコ話すイルカが可愛かった。笑顔を見ていると、気が安らぐ。
(来て良かった)
 こんな時間が欲しかった。
「ねぇ――」
 友達になってよ。
 そう言い掛けて、言葉を飲み込んだ。言えない。いつか、イルカを裏切るかもしれない。傷付いた目でオレを見るイルカを想像して、酷く後ろめたくなった。
「カカシさん?」
「…ウウン。なんでもない」
 イルカが小首を傾げてオレを見ていた。
 その時、ぐーっとイルカの腹の虫が鳴いた。はわわっとイルカが慌て出す。
「こ、これは違うんです! 今日は食堂のおばちゃんが休みで…その…ちょっとお腹が空いてて…」
「ぷっ! あははっ…くくっ…くっ…くくく…」
「そんなに笑うなんて酷いです」
 むすっと膨れたイルカに我慢出来なくなった。盛大に噴き出した後で腹を抱えて笑った。
「カカシさん! 笑わないで下さい!」
「ゴメ…ッ、ゴメン…」
 目の淵から零れた涙を拭った。こんなに笑ったのはいつ振りだろう。
「一緒にご飯食べに行こうか?」
 自然と口から零れていた。言ってから、ハッとした。そんなに親しくないのに、嫌がられたらどうしよう。
 そっとイルカの顔色を窺えば、本当に嬉しそうに笑っていた。
「行きます! もう行きますか? どこに行きます?」
 ワクワクしているイルカが可愛くて、手を伸ばす。
(抱き締めたい――)
 持ち上げ掛けた手を慌てて下ろした。
(オレ…何考えて……)
 動揺して鼓動が激しくなった。抱き締めたいなんて、どうかしてる。イルカは男なのに――。
 そう考えた時点で、自分の気持ちに気付いた。
 イルカを好きになっている。
 なんてことだ。同じ男なのに。異性を好きになるように、イルカを好きになっていた。
 胸がきゅっと疼いた。この恋は叶わないと瞬時に悟る。
「…イルカ先生は何食べたい? 近くで良いとこ知ってる?」
「カカシさん、ラーメン好きですか? 『一楽』って、とっても美味しいラーメン屋さんがあるんです」
「ラーメン? いーね。早速行こうか」
「はい! ちょっと待っててください。施設の鍵を閉めてきます」
「ん」
 パタパタ走って行く背中を見送った。男だ。どっからどう見ても。女性らしい所なんて一つも無い。
(それなのにどうして…)
「お待たせしました。行きましょう?」
「ウン」
 立ち上がり、イルカの後を歩いた。
「カカシさん、ラーメンは何味が好きですか? 俺は味噌とんこつが好きです」
「オレは塩か醤油」
「カカシさんはあっさりしたのが好きなんですね」
 イルカの『好き』の言葉が胸にチクチク刺さった。
 イルカはオレの気持ちに気付いていない。なのに、不意にバレてしまうんじゃないかとヒヤヒヤした。
 気付かれてはいけない。こんな気持ちは、知れば気持ち悪いだけだ。
 なんでもないフリでイルカと話す。笑い掛けられるとドキドキした。子供の時だって、こんな風になった事がない。
 こんな気持ち、知りたくなかった。
 学園を出て、テクテク歩いた。駅とは違う方向に歩いて行く。
「どのぐらい掛るの?」
「歩いて三〇分ぐらいです」
「三〇分!?」
 そんなに歩くのかと驚いた声を上げてしまい、イルカが申し訳なさそうな顔になった。
「すみません。遠かったですか? ラーメンじゃなくて良ければ、駅の方に行けば居酒屋とかあると思いますが…」
「いや、いいんだけど、それならタクシーを呼べば良かったかなって」
「…俺、車が苦手で…。酷く酔ってしまうんで、乗れないんです」
「そうなんだ…。だったらいーよ。歩こう」
「すみません。駅の方に行きますか」
「ウウン。ラーメンが食べたい」
 だってあんなに嬉しそうな顔をしたのだ。ラーメンの話をしているイルカは幸せそうだった。



こんなカンジのお話です。
前編は18禁になってますが、健全です。
でも後編が18禁なので、前編も18禁になっています。
おま…っ!ってカンジですが、そこまで辿り着けませんでした。
ごめんなさい!ノシ

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